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・シーン0

※以下、アルフェイ独白

 薄汚れた肌と髪。臭いとしか言いようがない体臭。来ている衣はただの体をよくする為の飾り。そして重く動きづらいであろう鉄枷の首輪と鎖。
 それとは不揃いとしか言いようのない力を持たぬこの幼子は状況を理解しているのか、はたまた理解していないのか。
 ただ不快に見下ろしている私の瞳をじっと見返してくる。

 『奴隷』。

 この眼前にある不快な存在を従者たちはそう言い表した。
 同時にこうも言った。「貴族たるもの、奴隷を使いこなせぬようでは人の上に立てませぬ。父君を安心させる為にもどうか…」。

 笑わせる。

 あの父が私に人使いをさせるなどありえない。
 外聞からは佇まいが立派な豪邸に住まわせ、その実最低限の従者しか用意しない。


 それでも幼少の頃は必要最低限のモノをねだらせてもらったが、今では取り仕切る領地の収益で自前で手に入れている。

 それを疎ましく思ったのか、はたまた薄汚い平民の血を引く実子を邪魔だと斬り捨てたいのか。
 

 何にせよこの幼子を付けることは父にとって都合がいい。逆に言えば私にとって不利益しかないと判断したのだろう。

 どちらにせよ、私に選択など与えられていない。コイツを使え。ただそれだけの命令だ。
 汚さを取り除けば端正な顔と見えなくもない。恐らくそういう意図でも使えと用意された者。
 心底吐き気を催すこの状態をどうにかすべく、コイツに目線を合わせ問いただすことにした。

アルフェイ「貴様、名はなんという?」

 その問いにコイツは驚き、瞬きを数回した後、やっと自分に向けられた言葉だと理解したのだろう。

エミュー「はじめまして、ごしゅじんさま。どうかいやしいわたしになんなりとごめいれいください」

 空気がピリついたのか、はたまた私が心底嫌悪した顔をしていたのか、連れてきた従者たちは慌てふためいている。
 ここに連れてくる前に叩き込んだコイツに対する礼儀を間違えた。そういったところだろう。

アルフェイ「喋ることはできるようだな。…どうせ文字や金勘定など、いや、それどころか自分のことすらわかっていない」

 そして従者たちは恐る恐る、私の顔色を窺っている。…なるほど、そういうことか。

アルフェイ「コイツを仕込むのは私自身。そしてお前たちはようやっと本家に戻れる。そういうことだな?」

 

 息を呑む。震える。目を伏せる。
 まったく、こういうところですら人というものは多様性というものを体現している。
 諦め交じりの息を吐き、ここまで仕えてきた者たちを見据え礼を取る。

アルフェイ「皆(みな)、よくここまで仕えてくれた。本家の者には最大限礼儀を尽くしておく。あまり大した言葉もかけれぬが、許してくれ」

 複雑なのだろう。
 涙を流してくれる者もいれば、私を直視できぬ者もいる。
 対する私は落ち着いたものだった。いつかこうなる未来は来ると踏んでいたから。

アルフェイ「貴様は今までなんと呼ばれていた?」

 これから仕込む奴隷に、最大限の譲歩を持って言葉を選び、尋ねる。

エミュー「どれい」
アルフェイ「そうだな。貴様は私の奴隷となる。そして私が主人だ。だがその呼び方はお前も、私も表せる言葉ではないのだ」
エミュー「はい、ごしゅじんさま」
アルフェイ「ああ。では、貴様に名を付ける。灰褐色の毛に紫の瞳か…。…『エミュー』、今日より貴様はエミューと名乗れ」
エミュー「『え、みゅー』?」
アルフェイ「そう、エミュー。鳥の癖に飛ぶこともできない。更には既に滅んでいる者の名だ。私の名はアルフェイ=レイクラッド。貴様の主人、決して裏切ることも許されない相手だ。まずは私の命令を聞き、それを実行することを心がけよ」

 生き残ることのできなかった滅びの忌み名をコイツにつけた。
 何気ない考えでつけた名だが、意味ならある。

エミュー「ぁ…」

 不快な臭いを放つこの奴隷、エミューを私の胸に引き寄せる。
 その意味を刻み込ませる為に。

アルフェイ「聴こえるか、私の鼓動。命の音だ」
エミュー「いのちのおと…?」
アルフェイ「これは私が生きてる証だ。同時に貴様が絶対に逆らえぬ音。この音が途絶えぬよう、私に尽くせ」

 ただ、それでも。
 そうならないことを、片隅にでも願っていたんだ。

※以上、アルフェイ独白


・シーン1

アルフェイ「……。ぅ…、朝、か。また書斎で寝てしまったようだな。…また、あの夢か。アレより何度歳を重ねただろうな…」

エミュー「ご主人様、おはようございます。これより書斎の掃除を始めさせていただきます!」

アルフェイ「騒々しいぞエミュー。そしてノックをしろ。まったく、口先だけはどうなっても本質に礼儀は叩き込めん…」

エミュー「掃除の基本は、上から下に…。カビが生えないよう、虫干しも忘れない!」

アルフェイ「まあ、基本を叩き込んだだけあって従者らしきことはできるようになったか」

エミュー「あれ?この本…」

アルフェイ「ん…?ああ…、読み聞かせをしていた絵本か。結局、文字は教える暇などなかったな」

エミュー「…ご主人様。この本お借りさせていただきます!」

アルフェイ「好きにしろ。ただし仕事をこなした後に読むことだな。このままでは書斎で一日を明かすぞ」

エミュー「とと、掃除掃除。次は台所、寝室、最後にお手洗い…。狩りにも行かなきゃ。急がないと」

アルフェイ「まったく、せわしないヤツだ。少し外に出てくる、このままではほこりまみれになるからな」


エミュー「よーく狙って…それっ。あ、外しちゃった…」

アルフェイ「矢を放つ時に声を出すヤツがあるか。貴様の声など獲物に何倍も早く通る。ならば…」

エミュー「んーと…。殺気を殺し、気配を殺し、静かに、速く、狙いを定めて…」

アルフェイ「そう。風よりも静かに、音よりも速く…今だ」

エミュー「…っ!…あ、やった!やりましたご主人様!」

アルフェイ「一度の失敗から一転、学習したことを反芻し自分のモノにする。大した才能だが、その一度の失敗がなければ成功しない癖はどうにもならんのか…?」

エミュー「兎です!畑の野菜と一緒においしいシチューにできます!」

アルフェイ「食い気が早いのも変わらんのか。料理を仕込んだ甲斐は合ったが、レシピと同時に美味いモノに対する欲求も増えた。まあ、食卓に不味いモノを並べられるよりは幾分マシか…」

エミュー「しったごしらえー♪ふんふんふーん♪」

アルフェイ「…ためらいがないのも、ある種の才能か」


アルフェイ「今日はいやに静かだ。…つまり」

エミュー「『なんじ、あいせ…るモノ、もて。あいせ、ること、生きるモノ…のよろこびなれ…や。ぜんな、る、神、そして、おや、をあいせ』」

アルフェイ「庭先で読書とは随分と良い身分になったものだな」

エミュー「『あい、とは、むげん、なれ…や。神、はすべて、を、すくう。どのよう、な…くきょう?もあいする、モノあれば生きるチカラ、となろう』」

アルフェイ「聖典か。笑わせる話だな。苦境は己の力で克服する。親も何も、いないモノに対してどのように愛情を与えればよいのか」

エミュー「神。…神さま?」

アルフェイ「…いるのであれば、願うモノだな。全てを救うモノがいるのであれば、貴様や…私のような存在など…」

エミュー「ご主人様です!」

アルフェイ「は…?」

エミュー「ご主人様がいるから、わたしは生きてます!わたしがあいする、べきなのは、ご主人様です!」

アルフェイ「…随分と持ち上げられているようだが、私は――」

エミュー「こうしちゃいられません!ご主人様の所へ!」

アルフェイ「――え?」

エミュー「庭先のお花も綺麗に咲きました!きっとご主人様も喜んでくれます!」

アルフェイ「待て、何を――」

エミュー「コレと…コレ。さっそく、ご主人様の所へ行きます!」

アルフェイ「――違う。そっちに、お前の主人はいない!…行くな!そっちに行くんじゃない!エミュー!私の命令を…!」

エミュー「待っててください、ご主人様!」

アルフェイ「待てと言っている!…頼む!待ってくれ!そっちに行くのはどうか――」

エミュー「おはようございます。ご主人様。今日はちょっと曇り空です」

アルフェイ「やめろ――」

エミュー「今朝は、…せいてん?を読みました。すごいんです!ご主人様は神さまだったんですね!」

アルフェイ「違うんだ、ソレは――」

エミュー「わたしを、すくって、くれました!こうやって、生きてて、チカラをもらえてます!」

アルフェイ「――その十字架は、私ではないんだ…っ!」


・シーン2

※以下、エミュー独白

 聞いてください。わたしは今日、お掃除をやりました。
 ちょっとバケツの水をこぼしてしまいました。
 ごめんなさい、嘘です。足にひっかけて転んでしまいました。
 なので目一杯綺麗にふき取りました!

 聞いてください。わたしは今日、狩りをしました。
 ご主人様の教えてくれたこと全部思い出して、やっと兎を仕留めました。
 畑のお野菜と一緒にシチューにしました。教わった通り、不味くならないようがんばってつくりました。
 お塩と胡椒を言われたように振って、実はわたしのお皿にはちょっとだけ砂糖を入れたんです。本当に不味くなりました!

 聞いてください。わたしは今日、せいてんを読みました。
 すごいんです。ご主人様のことが本に書かれてました!
 わたしに、生きる為のチカラを与えてくれたのはご主人様です。
 だからお礼に綺麗に咲いたお花を届けにきました。

エミュー「聞いてください。あいする、ってどうすればよいのでしょうか?ご主人様に返せるモノをずっと探して、でも…わからなくて…。…あれ?お客様?」
アルフェイ『ダメだ!逃げろエミュー!そいつらは…っ!!』
エミュー「お客様、ご主人様はお眠りになってます。どうかお引き取りを――」

(発砲音)

エミュー「……え?」
アルフェイ『やめろ…!エミューは関係ない!貴様らの狙いは私だけだろう!?だから…私は既に死んでいるのだからっ!!』
エミュー「ごしゅ、じん…さ、ま…。ダメ、です…。ごしゅじん、さまは…きずつけ、させない……けほっ」
アルフェイ『馬鹿を言っている場合か!?そのような十字架捨て置け!私はそこにいない!…いいや、お前が『奴隷』である必要すらないんだ!!』
エミュー「……近づかない、で。ご主人様…は、あいして、くれた、神さま……だから、近づかないで…!」

(発砲音)

アルフェイ『…ぁあ……うあぁ…。なんで…なんで、どうして!?十分だったろう!?私の利潤を奪うだけで、邪魔者は排除したはずだろう!?何故、コイツまで…うぁぁあああっ!!』
エミュー「…けほっ……ごしゅ、じんさま…。…やっと、…やっとわかり、ました…。こんな…痛み、を…背負って、…でも…だいじょうぶ、です……」
アルフェイ『やめろ…お願いだ、もう…やめてくれ…っ!』
エミュー「わたし、も…背負います……。この痛み……いっしょ、に……」
アルフェイ『イヤだ…。イヤだぁぁああああッ!!』

 聞いてください。わたしは今日、ご主人様の痛みを知りました。
 それは途方もない苦しみで、泣くのを堪えられないぐらいのモノでした。
 でも、耐えられないものではなかったです。
 だって、ご主人様と一緒だから!

エミュー「…だからあなたを、あいして…ます……」

※以上、エミュー独白

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