top of page

●1話サンプル


・シーン0

※以下、キリル独白

与えられていたのは 見栄えを良くするための服と栄養 そして逃がさないと否応なく象徴するこの首輪

スラムで生まれ 物心つく頃に覚えていたのは最低限の会話と いかに母さんを怒らせないかということ
ある程度育ったならスリを働き 捕まれば苛烈な暴力と恐怖を 捕まらなければ母さんに奪い取られ酒に変えられる

そんな生き方が長年続くほど 世界は優しくはなくて

キリルがいない時間に警察が住み続けたオンボロな家に押し入り 母さんを何かしらの罪で連行
逃げて隠れて 帰る場所もその日を生きる糧も失いかけたその時 己の身を売ることで生きながらえることができると囁く悪魔が現れた

 

どうでもよかった

生きることに執着はない 今どうなるかわからないのに明日どうなるかなんてもっとわからない
生き続ければもっと苦しくて もっと怖くて もっと痛い

けれど 死を選ぶことはなかった

どんなに苦しくて怖くて痛くても キリルは生きる為にしか何かをしたことがなかったから
キリルは死ぬ為に生きることをしてきたわけじゃないから

だから重苦しいこの首輪をつけて 歪な仮面をつけた人々を目の前に光の下に立つ

100万、200万…聞いたことのない数字と桁が飛び交うそんな中

シャーロット「ねえ、キミ。キミは助けを求めないの?」

助け…?

シャーロット「そう。キミは生きる為に今までなんでもしてきた。間違いなく人としては褒められないカタチで。でも自分以外の誰かの力を借りることを試したことがない」

…考えたこともなかった。ううん、違う。それは選べはしない。だって存在しないモノに縋ることなんてありえないことだから。

 

シャーロット「そっか。じゃあさ、ボクがキミの助けになる。どんなに苦しくて怖くて痛くても、キミをずっと助けてみせる。絶対に見捨てはしない。それなら、どう?」

…そう、そんな存在が本当に実在するなら、願うんだろうな。助けて…って。

シャーロット「実在するよ。だって今、ボクはこの場にいるのだから」
キリル「え…?」

綺麗な金の髪と全てを見通すような碧眼の瞳を持つ少女が、キリルの隣に立ってこう言った。

 

シャーロット「ご来場の皆さん。残念ながら彼はボクが助けることにしました!お金はお支払いしませんがひとつだけ約束します!…今、この場にいる誰よりも、彼を幸せにできるのはボクだって!」

呆気にとられていた客たちからは罵声が飛び、その場にいたスタッフは彼女を捕まえようと取り囲む。
そんな中彼女はキリルの身体を引き寄せるように抱き、不敵に笑いながら何かを唱えた。

シャーロット「『風舞』(かざまい。フィン・デ・ルデシカ)!!」

屋内ではありえない空気の流れ、それが激しさを増し、人々は悲鳴をあげ立つこともままならない。
誰一人キリルと彼女に近づけない中、このありえない現象を当然のように眺めている彼女が声をかけてくる。

シャーロット「キミ、名前は?」
キリル「え…?な、まえ…?」
シャーロット「そう、キミの名前。ボクはシャーロット。シルフのハーフリング」
キリル「名前…キリルは、キリルって名前…」
シャーロット「そっか、キリルか。そんじゃキリル、行こう!最っ高の結末を掴み取るんだ!」

彼女…シャーロットが上に手を伸ばすのを真似て、キリルも手を伸ばす。

シャーロット「ヴィー、お願い!」
ヴィルデ「まったくもう、無茶するわね。いつものことだけど。『誘い手』(いざないて。インヴィー・ハズ・プライ)」

 

伸ばした手の先から光がほとばしり、出来た空間に引き寄せられる。

あまりの眩しさに目をつむってしまったが、それも一瞬のことだった。
気づいた時には陽光差し込む大樹の下、あたりを見渡せば自然と形容するしかできない草木が生え、川のせせらぎと動物たちの鳴き声が聞こえる暖かな空間。


まったくもって混乱しか起きないこの状況を、シャーロットが満面の笑みで応える。

シャーロット「いらっしゃい、妖精郷へようこそ!キリル」

この時のことはよく覚えている。文字通り、キリルの世界が変わった瞬間だったのだから。
そして何度でも思い返す。キリルが本当に生きるということを知ったきっかけなのだから。

※以上、キリル独白
 

bottom of page